ミドルエイジからのホームステイ&英語研修 参加者の声

タウランガコース 

2005年参加 愛知県在住 中村様

 成田便・中部便・関空便でオークランド空港に集合した総勢12名は、午後四時過ぎタウランガ市の中心部にあるワイカト大学LI(語学研究所)に到着、待ち構えるホストと対面した。目がきらきら輝いてお伽話に出てくるような鼻の丸い色の白いおばあちゃんがホストマザーのキャロルだった。「ナイストゥミートゥユウ」が精一杯のこちらからの第一声、キャロルがなんて応えたのか覚えていないくらい舞い上がっていた。彼女の車で夕暮の街を抜け丘陵地に建ち並ぶ住宅街に入る頃には漸く落ち着いてきた。ホストファーザーのマイクに笑顔で迎えられ個室に旅支度を解き瀟洒な室内に目を見張る。バス・トイレ・居間・台所を案内されホームステイが始まるのを実感した。明日から40数年ぶりの学校生活だ、朝起きられるだろうか?心配しながらもぐっすり眠れたらしい。

 ワイカト大学LIまん前の事務所で働くキャロルの車に便乗しての通学が始まった。彼女の退社時間3時に合わせれば帰りも便乗できるが、街で遊んでいけば4時か5時のバスで帰らねばならない。帰りの路線バスでは綺麗な町並みを抜け入江を渡って起伏に富んだ丘陵地に入りまるで毎日が観光バスの気分。車内で顔見知りになった人に「また明日会おうね」と声かけて別れる。

 研修では、隣席の人と日本語でやりとりしているとすかさずアリソン先生の「エイゴデハナシマショウ」と流暢な日本語の注意が飛ぶ。耳がよく細かいことに気がつくパワフルな先生だ。生徒の私達は50代から80歳までの男性5名女性7名。クイーンズイングリッシュで進める先生の話にメンバーのほとんどが頷いているのを横目にみながら(わかんねえ、なんていってんだ!中学高校6年を含めて十年以上も接してきた英語が理解できねえなんぞあり得ねえ!)。生徒の一人に訊いてみたら「心配しなくていいよ、私だって解るの6〜7割よ」「たいしたもんだ、半分以上解るなんて。ぼくなんかとても・・・・」口ごもってしまった。確かに習うより慣れろとはよくいわれる。日が経つにつれて少しずつ主意がつかめるようにはなった。勇気を出して思いついた言葉を口にしてみること、相手はきっと理解してくれる、先生でも仲間でも私を受け入れてくれると信ずることにした。

 休憩時間に集会室へいくと卓球台が置いてあり、南米中近東東南アジアなどからの若い留学生が卓球に興じたり賑やかに談笑したりしている。得意の卓球で心身をほぐしコーヒーを飲んでひと息ついたりして40数年ぶりの学校生活をエンジョイした。9時から12時15分までのレッスンはコミュニケーション主体で、いいたいことは口に出していえ式、必ず翌日のレッスン初めに先生から昨日はどのように過ごしたか質問されるのでメモ書きして準備しておく。お昼は集会室で、ホストに持たされた弁当のサンドイッチ・果物・スナックなどとコーヒーでわいわい飲み食い談笑する。出てくる言葉は関西弁あり土佐弁ありで賑やかなこと噴き出るように日本語が飛び交う。若い留学生相手に英会話を実践している意欲的な人もある。放課後は街を散策し書店の奥にある郵便局から一日おきで妻や孫に手紙を出すのが定番となった。他の連中は大学地下室のコンピューターでインターネット交信を連絡手段にしていた。

 この歳にして初めての他人様のお宅での生活。初め2, 3日は食事のマナー、居間での過ごし方、浴室の使い方、洗濯はホスト任せでよいのかなどとまどった。しかし、ホストの包み込むような優しさと弾けるような明るい人柄ですぐに打ちとけ冗談もいえるようになった。ホストは共に63歳、マイクは自営(ハウスメンテナンス)、キャロルは会社の秘書、子供達はみな独立して離れて暮らしているとか。質素でも清潔な家庭生活は私の第二の故郷といえるほどに私の心身にフィットした。「グッドモーニング、ハウアーユー?」に始まる朝食。2日目までは食事準備をホストに任せていたが、3日目からは一番早起きの私がマットや皿・スプーン・フォークをテーブルに並べるようになった。パン・シリアル・牛乳・ヨーグルト・蜂蜜・ジャムなどを棚や冷蔵庫から出して、小鳥の水浴びや干潟になった入江の対岸の景色を眺めながらの朝食はなんとも贅沢な気分にしてくれる。

 ある週末、温泉で名高いロトルアからホストの友人夫婦が泊まりがけでやってきた。同年代らしい。ご主人は物静かだが奥さんのマリリンは背が高く誰彼なしによく話しかける。「あまりよくしゃべるのであきれているんじゃない?」と訊かれ答えに窮した。翌日奥さんがたにくっついてタウランガ市民憩いの名所マンガヌイ山麓ハイキングにでかけた。アップダウンコースを歩きながらでも彼女らはひっきりなしにしゃべっている。澄みきった青空、紺碧の海を眺めながらハイピッチの彼女らについていくのが精一杯の私であった。ここタウランガはニュージーランド人憧れの地とか。確かにゆったりとしていて清潔で温暖な気候、穏やかな人情に触れ納得できる。気候のよい時期だからか裸足で街なかを歩く若い女性には驚かされる。それだけ道が綺麗ということか。

 好天続きの4週間はあっという間に過ぎて修了式の日を迎えた。4週組8名の仲間が演壇に立って堂々とショートスピーチを上手な英語で話す。私は、このNZで棄てたもの3つ([1]引っ込み思案・[2]恐れ・[3].20セント)と獲得したもの5つ([1]実の母みたいなキャロルと弟マイク・[2]厳しいアリソン先生に戦いを挑んだ11名の戦友・[3]英語で話す勇気・[4]第二の故郷NZ・[5]快適な生活の仕方)を挙げ、「日曜日には日本を訪れるが、できるだけ早くここへ帰ってきます。だってここは私の故郷だから。」で締めくくった。ホストにはすぐまた戻るとの思いでがっしりとした握手と熱い抱擁で再会を約束した。

 オークランド空港へ向かうバス車内の空気は、半ば浮き立ち半ば沈みこみ複雑な雰囲気を醸し出していた。二十数時間後には日本へ着く、妻が待つ、夫が待つ日本へ。でもあと2ヶ月ここに残って研修する4人が羨ましい。きっとぐうんと成長して帰ってくるんだろうなあ。

 研修は終わったがこれはきっかけに過ぎない、英語の勉強はまだ続けなければならないと決意を新たにする自分に小さな感動を覚えた。

※中村さんの「ニュージーランド語学留学体験記」は、2005年度「ホームステイツアー体験記」【学生および一般部門】最優秀賞(JATA会長賞)を受賞しました。

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